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東京地方裁判所 昭和45年(人)4号 決定

請求者(被拘束者)バーバラ・バイ

拘束者 羽田入国管理事務所主任審査官 外一名

訴訟代理人 斎藤健 外七名

主文

本件請求を棄却する。

手続費用は請求者(被拘束者)の負担とする。

理由

一  当事者双方の主張

請求の趣旨および理由は、別紙(一)、(二)の(1) ないし(3) 記載のとおりであり、これに対する拘束者らの意見は、別紙(三)、(四)の記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  当事者双方の主張からうかがわれる事実関係は、次のとおりである。

請求者(被拘束者。以下単に請求者という。)はアメリカ合衆国国籍を有する外国人であるが、昭和四五年一〇月三〇日沖繩から空路羽田空港に到着しわが国に入国しようとしたところ、羽田入国管理事務所入国審査官から旅券に上陸許可の証印を受けられず、次いで拘束者特別審理官愛甲勝一から出入国管理令(以下単に令という。)七条一項二号に規定する上陸のための条件に適合しないという口頭審理認定処分を受けた。右処分は東京高等裁判所の決定によりその効力が停止されているが、右決定に先立ち羽田入国管理事務所拘束者主任審査官佐藤義英は同年一一月四日請求者に対し退去命令書を交付した。

この間、請求者は上陸前の航空機の延長と擬制されるエア・ターミナル・ホテルに滞留し、同ホテル内における行動、特に外部との電話連絡や来客との面会について制限されていないが、右特別審理官から同ホテルから外出すれば不法上陸の理由で収容する旨の通告を受けており、またある期間は入国管理事務所の職員等が請求者の行動を監視していたこともあつた。

なお、請求者は現在東京地方裁判所に前記口頭審理認定処分取消訴訟を提起しており、また同年一二月五日には入国管理事務所に対し仮放免の願出をしたが、右については特に許否の処分がなされていない。

2  当裁判所は、右事実関係のもとにおいては、拘束者らが請求者を拘束しているものではないと考える。

人身保護法(以下単に法という。)二条にいう拘束とは、法令等により単に心理的、間接的に自由を圧迫されているのでは足りず、直接に人の行為、設備等によつて現実に自由が奪われている場合でなければならないものと解される(法一条、人身保護規則三条参照)。

ところで、本件における請求者と拘束者らとの関係は、拘束者らにおいて請求者の上陸または仮上陸許可申請に対し許可の証印または仮上陸許可を与えていないだけであつて、請求者が現在居住するエア・ターミナル・ホテルから外出できないのは、拘束者らの直接の物理的強制力によるのではなく、外出すれば不法上陸となり(令九条五項)、その結果刑罰を課せられ(令七〇条二号)あるいは収容令書による収容(令三九条)ないし退去強制等の事態を招くおそれがあるためである。したがつて、現時点においてはまさしく、外国人は在留資格を有すると認定され旅券に上陸許可の証印を受けなければ本邦に上陸できないとする出入国管理令により心理的、間接的に行動の自由が妨げられているに過ぎないものと認めざるを得ない。(請求者の主張する羽田入国管理事務所警備官あるいは警察官の監視も請求者の不法上陸に備えて、前記のような措置をとるためのものと推測されるのであつて、不法上陸すなわちホテルからの外出自体を実力をもつて阻止するためではない。)

なお、請求者が上陸あるいは仮上陸ができないのは出入国管理令の建前そのものに由来するのであつて、拘束者らが上陸あるいは仮上陸を許可しないからといつて、右不許可という不作為によつてはじめて請求者が行動の自由を制限されるに至つたものでないことは明白である。

したがつて、請求者は拘束者らによつて拘束されているものではないというべきである。

3  なお、請求者は、令一三条の仮上陸の許可をしない点において主任審査官は裁量を誤つたものであり、また、主任審査官が本件の場合仮上陸制度の適用はおよそあり得ないとして何ら実質的判断をしていないのは違法であると主張するが、右は、いずれも処分の内容の当否の問題であつて、人身保護規則四条にいう処分についての法令の定める方式もしくは手続に関するものではなく、かつ請求者の右主張事実のみでは、著しく違反していることが顕著であるとは到底いい得ない。

4  結論

以上いずれの点においても請求者の本件請求が理由のないことは明白であるから、人身法護法一一条一項、人身保護規則二一条一項六号によりこれを棄却することとし、手続費用の負担につき同法一七条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 西山俊彦 矢崎秀一 太田豊)

別紙(一)

請求の趣旨

被拘束者のため、拘束者等に対し人身保護命令を発付し、被拘束者を釈放する。

との判決を求める。

請求の理由

第一拘束に至る経過

一、被拘束者は米国ニユーヨーク州立大学在学中の米国市民であるが、有効な米国パスポートと我国へのマルテイプル・エントリー・ビザ(観光目的)を持つて、昭和四五年一〇月三〇日沖繩より空路羽田空港に飛来し我国へ入国しようとしたところ、羽田入国管理事務所入国審査官は、被拘束者の在留資格は虚偽のものであつて出入国管理令七条二項二号の要件を満たさないとして、上陸の証印をなさず、同令九条四項の規定により被拘束者の引渡しを受けた拘束者特別審理官愛甲勝一も口頭審理の結果同月三一日被拘束者は令七条一項二号の要件を満たさないとの認定をなした。

二、そこで被拘束者は同年一一月三日令一一条の規定にもとづき法務大臣に対し異議申出をなしたところ同月四日法務大臣はこれを棄却し、同月五日までに我国から退去するよう退去命令を発した。

三、被拘束者は同月五日右特別審理官の口頭審理認定処分の取消しを求める訴えを東京地方裁判所に提起すると共に、右口頭審理認定処分の執行停止を求めた。

東京地方裁判所民事第二部は同月七日右執行停止の申立てを却下したが、被拘束人がこれに対し、即時抗告の申立てをなしたところ、東京高等裁判所第九民事部はこれを容れて、原決定を取り消すと共に、前記口頭審理認定処分の効力を本案判決の確定まで停止する旨の決定をなした。

第二、被拘束人の現在の法的地位-身体の拘束

一、高裁決定の効力

(一) 被拘束人は前記のとおり我国への適式の上陸許可申請をなしたが、口頭審理認定処分により上陸許可の証印を拒否された。

しかしながら前記東京高等裁判所の決定により右処分の効力は停止されたので、これにより同人の上陸許可申請の審査手続は未だ継続中であり、拘束人主任審査官は同人を我国から強制的に退去させることはできない。

(二) 他方同人は右高裁決定によるも、未だ上陸許可の証印を与えられたことにはならないので、羽田入国管理事務所が当初入国審査室の延長として指定した羽田空港内エア・ターミナル・ホテルから外部へ出ることを許されない。(出れば令九条五項違反として収容されるし、令七〇条により処罰される。)

二、仮上陸申請の不許可

そこで、同人は右高裁決定後令一三条一項の規定により一二月五日上陸手続中の仮上陸申請をなしたが、拘束者羽田入国管理事務所主任審査官は、これを許可しない。

被拘束者は東京高等裁判所の決定が出されてからでも既に一五日間、羽田へ飛来してからでは実に一ケ月半も、前記エア・ターミナル・ホテルに拘束されている。(一一月三〇日頃までは一日二四時間実に四名もの羽田入国管理事務所警備官の厳重な看視下にあつた。)

拘束者等は被拘束者に対しくり返し、我国を退去する自由はあるのだから、拘束ではないと述べているが、本件で問題になるのは、我国における身体の自由なのであつて羽田空港から退去することができるとしても、我国内においてはエア・ターミナル・ホテルから一歩たりとも外へ出ることを許されない人間が自由を奪われていることは明白な事実であり、拘束者等の見解は全くの詭弁にすぎない。(民事裁判資料第八号人身保護法解説二八頁参照)ちなみに、被拘束者は長期の拘束(騒音きびしい空港内ホテルの一室における一ケ月半の状況を想像されよ)の結果身体の変調を来たし、設備のある病院での診断を受けなければならない状況にあるので、慶応病院へおもむき診断治療を受けるためホテル外へ出ることの許可を同年一二月一〇日に求めたのに拘束者主任審査官はこれすら認めないのである。

第三、拘束の違法性-仮上陸不許可の違法性

前記の如く、拘束者が高裁決定後の被拘束者の仮上陸の許可申請を拒否して、既に一ケ月半もの長期間にわたつて被拘束者をエア・ターミナル・ホテル内に拘束しつづけているのは以下に述べる理由により違法であり、拘束者等は法律上正当な手続によらないで、被拘束者の身体の自由を拘束しているのである。

一、令一三条一項は「主任審査官は、この章に規定する上陸の手続中において特に必要があると認める場合には、その手続が完了するまでの間、当該外国人に対し仮上陸を許可することができる。」と定めている。

この規定は一見主任審査官に広汎な裁量を与えているように見える。しかしながら右一三条は上陸審査が長時間にわたる場合、身体の自由の拘束を続ける時は外国人に多大の精神的肉体的苦痛を与えることになり、重大な人権侵害をもたらすことになるので、このような事態を起らせない趣旨で、設けられたものであるから、このような、趣旨から見ても主任審査官の全くの自由裁量を認めたものとは解されない。

本条が人身の自由という人間の最も基本的な自由に関するものであることを考えると、ここにいう裁量はむしろ法規裁量というべきものである。即ち、上陸審査が長期にわたる場合には、外国人に逃亡の惧れ等がない限り、主任審査官は仮上陸を認むべきなのである。

二、一見広範な裁量権が行政庁に与えられているかに見える場合でも裁量権は制度の目的、行政処分の国民に及ぼす効果(不利益)等を考慮した相当な範囲に客観的に制約され、これを超えた処分は違法となり、その意味で法規裁量と見るべき場合があることは、国家公務員法七九条二号によるいわゆる起訴休職処分に関する最近の判例も認めるところであるが(東京地裁昭和四三年七月二〇日判決、判例タイムズ二二三号一〇八頁、東京高裁昭和四五年四月二七日判決、判例時報五九九号一四頁、尚判例タイムズ二二五号五九頁、新判例評釈(大野正男)参照)右に述べた如く、人身の自由に関する仮上陸の制度については、この理は一層強く妥当するのである。

三、本件において既に東京高等裁判所は昭和四五年一一月二五日拘束者特別審理官のなした上陸拒否処分には違法の疑いがあるとして、口頭審理認定処分の効力を本案確定まで停止した。従つて、被拘束者の上陸申請の審査手続は未だ終了していないことになり、同人は本案確定までは不法上陸を理由に国外退去を強制されることはなく、本案の裁判を受けることはできる訳である。

しかしながら、現実的に考えて見ると、遺憾ながら、我国の行政事件の裁判には相当長期の時間がかかることは公知の事実であり、本案確定まで少なくとも数年はかかる期間中、被拘束者が仮上陸を拒否されて、空港内ホテルの一室にとじこめられたまゝで、本案の裁判を遂行することは、精神的にも、肉体的にもおよそ不可能といわざるを得ないのである。従つて拘束者としては上陸拒否処分の合法性に既に裁判所から疑いを投げかけられているのであるし、拘束を続けることが被拘束者の精神及び肉体にはかり難い苦痛を与えひいてはこれが被拘束人の裁判を受ける権利を実質的に奪うことになることが明白である状況下においては、すべからく被拘束者の申請にこたえて仮上陸の許可を与えるべきであり、これを許さなかつた点において裁量を誤まり、結局被拘束人を違法に拘束しつづけているのである。

(尚被拘束者が既に長期の拘束の結果身体の変調を来たしかけているのは前述の通りであるし、仮上陸の際に逃亡する等の意図は勿論、可能性も全く無きものである。)

第四、他の救済方法の欠如

本件上陸拒否処分については、これが取消しを求める本訴の途があることは事実であるが、我国における行政訴訟の現状に鑑み、右本訴による救済が相当の期間内に得られないことは明白であるし、仮上陸不許可処分の取消しを求める訴えについても全く同様であるので、止むなく本請求に及ぶものである。

別紙(二)の(1)

請求理由補充書

一、(請求者の自由の拘束について)

(一) 拘束者らは、請求者が人身保護法にいう「身体の自由を拘束されている者」に当らないと主張する。

しかしながら、人身保護法二条にいう「自由の拘束」とは、「身体の自由を奪う行為」を意味するにとどまらず、それを「制限する行為」をも当然包含するものであつて(規則三条)「身体の自由の制限」を受けている者、すなわち「行動の自由が全然失われているわけではないが、身体の行動が抑制されている」者も、「身体の自由を拘束されている者」として、同条の救済の対象となることはいうまでもない。(民事裁判資料第八号「人身保護法解説」二八頁参照)。

そして、本邦内での「上陸の禁止」もそれが「身体の行動の抑制」に当たることは明らかであるから、拘束者らによつて上陸は勿論、仮上陸すらも許されずに一ホテル内のみに行動が抑制されている請求者の現状は、人身保護法にいう「自由の拘束」に該当するものといわねばならない。(前記「解説」二八頁参照)。

(二) 拘束者らは縷々、請求者の現状に至る経緯をのべて請求者は拘束されていないと主張する。

しかしながら、右経緯は、拘束状態の適法性に関する論拠としては意味を持つかも知れないが、請求者の意に反してその行動が抑制されている事実自体を左右するものではなく、拘束者らは、拘束の事実の有無とその適法性の問題とを混同して議論しているものといわなければならない。

(三) そもそも出入国管理令がその一三条に仮上陸の制度を規定した所以は、上陸しようとする外国人は、上陸の許否が決まるまでは当然その上陸が禁じられておりその行動が抑制されているところから、上陸の許否の判断までにかなりの時間、日数を要することが予想できる場合には、一時その上陸を一定の条件の下に許可して、不当ないし不必要な人身の自由の抑制・拘束を回避しようというところにあるのであつて、出入国管理令自体、上陸の許否決定前の状態が、身体の自由が制限されている状態であることを前提にしているのである。

(四) 拘束者らは、請求者が現在エア・ターミナル・ホテル内においてなんらの制限・拘束も受けずに、通常の宿泊者と全く同様に自由を享受していると主張する。しかしながら、人身保護法にいう「身体の自由の拘束」としての身体の自由の制限には、「広範囲の行動の自由を許しながら、その自由に拘束を加える場合、所謂軟禁の場合も包含」されることはいうまでもないことであつて(小林一郎著「人身保護法概論」九六頁)、一ホテル内だけにその意に反して約五〇日間もその全生活を限定されている者が、「自由な生活を享受している」というのは常識に反する主張というほかない。

尚、請求者については、ここ数日の間も数名の私服警官あるいは入国警備官が見張りについてその挙動を遂一監視しているのである。

(五) 拘束者はさらに、請求者がいつでも自由意思により本邦を退去することができることをもつて、請求者が拘束されていないことの一論拠とする。

確かに、退去できるという意味において身体の自由が完全に奪われているわけではない。

しかしながら、本邦から退去できるというのはいわば当然のことであつて、ここで問題にすべきなのは請求者が本邦内におりながらホテルから外に一歩も出られないという意味で請求者の行動が抑制されていることである。(その抑制が適法であるか否かということと、事実として抑制されているか否かとは区別しなければならない。)

二、(本件自由の拘束が違法であることは顕著である。)

(一) 拘束者らは、請求者は上陸許可証印を受けてないのであるから上陸できないのは当然のことであつて、上陸できないことを以つて違法とはいえないと主張する。

しかしながら、請求者が主張するところは、前述したように本邦に留まつて上陸許否に関する裁判を受ける権利があり、その実現のためには少なくとも仮上陸は許さるべきであるのに、前記東京高裁の決定後現在に至るも仮上陸すら許さないことが違法であるというのである。

(二) 次に拘束者は、請求者については上陸手続が完了しているから法律上仮上陸は許されないと主張する。

しかしながら、前記東京高裁の決定が指摘するとおり、特別審理官の請求者に対する口頭審理認定処分(上陸拒否処分)の効力が停止されれば、その法的効果として「上陸申請の審査手続がまだ終了していないことになる」のであつて仮上陸制度は当然請求者に対し適用できることとなるのである。

そもそも東京高裁(原審たる東京地裁も同様)が請求者の執行停止申立に対し、申立の利益を認めたのも、請求者に上陸拒否処分に関する司法的救済の途を開くためであり、そうだとすれば、拒否処分の効力を停止すれば、その後は仮上陸の手続の適用があり、それによつて長期間を要する司法的救済もその具体的実現がはかられるという前提に立つものと思われる。のみならず、仮上陸制度の目的が前述のように上陸の許否が決定する間の自由の拘束を回避することにあるとすれば、入管当局の上陸の許否の判断よりもはるかに長時間を要する裁判所の判断に関して仮上陸制度を適用する必要性は強いといわなければならないのである。

要するに前記東京高裁決定により上陸申請中の法的状態になつた後においては、仮上陸制度の適用はあるのであつて、これを適用なしと独断して、請求者の仮上陸の申請に対し何ら実質的判断を加えることなく、不許可として拘束状態を維持した拘束者主任審査官の処分には顕著な違法があるといわざるを得ないのである。

(三) 前記東京高裁決定は請求者に対する上陸拒否処分違法の疑いありとして、請求者に対して本案の裁判を受けることを保障したのであるが、我国の行政訴訟がその確定までに相当長期の時間がかかることは顕著な事実であるからこのまま前述の如き拘束を続けられる場合にはこれに肉体的精神的にたえられなくなることは明白であり、結局は拘束者らの望んでいるようにやむなく本案における救済の可能性を放棄して我国から出国せざるを得なくなるのである。現在の如く拘束をつづけることは、このようにして請求者の人身の自由を奪うことになるばかりでなく、我国裁判所が認めた裁判を受ける権利をも実質的に奪うことになるのであり、その違法はこの点からも顕著である。

別紙(二)の(2)

昭和四五年一二月二三日付被申請人の補充意見書に対する反論。

一、請求者の現在の被拘束状態。

拘束者が請求者の仮上陸許可申請に対してこれを許さないという意味において一つの処分を行つていること、請求者が現在拘束者愛甲勝一から疎甲第四号証のような書面を以つて滞在場所を指定されこれに違反する場合には収容すると威かくされていること(同趣旨の指定書は昭和四五年一〇月三〇日にも出されている)

そして、入国管理局警備官らの厳重な看視下にあること(被申請人がその補充意見書第四丁表においてこれを否定するのは全くの虚言である)そして数日に一度、一日に一時間程度の運動をするのにも羽田入国管理事務所に許可の申請をし、その許可がないと、これができないこと、病院へ行くにも、入管に許可を申請して、その許可を得てはじめて行けたこと(これらの事実はすべて疎甲第三号証に疎明されている)等を考えると、請求者の現在の状態が本邦内に立ち入れば、不法上陸になるため、本邦内に立ち入ることができないということの単なる反射にすぎないなどということができないのは明白である。

二、尚、拘束者は人身保護令状による救済が与えられるとすると、もともと有しないところの上陸の自由を新たに獲得することになり、上陸許可にとつてかわる結果となると主張するが、これは本来仮上陸を許可して保証人をつけたり条件を付することによつて、被拘束人に対する入管令上の一定のコントロールを及ぼす途があるにもかかわらず、拘束者が、この途をとらなかつたことから起こることであつて、自ら招く結果について拘束者が右の如く主張するのは許されない。

三、仮上陸制度の運用について、

仮上陸については、出入国管理令施行規則一一条、二項2号、が「仮上陸中は、主任審査官の承認を受けないで、前号の規定に基づいて指定された住居を離れ、及び事業活動その他上陸のための審査に必要な行動以外の行動その他上陸のための審査に必要な行動以外の行動をすることができない。」と定めていることは事実である。

しかしながら、右規則の定めは、本件の如く裁判所の執行停止決定が出ているのとは全く異なる通常の上陸審査手続中のことに関するものであつて、本件の如き例外的事態を全く想定していないものであるから(請求人は正規のパスポート、ビザを有しているのであるから、上陸手続のために他に尽くすべき事柄は何ら存しない)本件にもそのまま適用さるべきものだとは考えられない。

むしろ本件の如く、執行停止決定が出て、本案の確定まで数年に及ぶ長期間法律上、上陸を許されない請求者に対しては、出入国管理令一三条一項にいう、「上陸手続中特に必要があると認める」場合に該当するものとして仮上陸を認めるのが、法の趣旨にかなうものというべきである。特に右一三条一項の定めが「上陸手続のために特に必要がある」場合にとは書かれていないことも考えるならば、仮上陸の制度は上陸手続のために特に必要がある場合の他、上陸手続が長期にわたり、人身の自由の拘束が長期にわたつてつづく場合の如きにも当然認められるべきである。

そして、施行規則は、仮上陸が実質上の上陸にならないよう上陸のための審査に必要な行動以外の行動を禁止しているにすぎないのであつて、このことから直ちに論理的にも仮上陸が狭義の上陸のための審査手続に必要な場合にしか認められないということにはならないのである。

尚拘束者が、請求者の場合にはすでに上陸審査手続が終了しているので、上陸手続のための特別の必要を生ずることが論理上ありえないというのは、高裁決定を無視するか、これを正解しないものである。

又、拘束者が仮上陸には住居行動等一定の制限がつけられることをもつて、請求者の現在の状態とさしたる相違はないというのも前記のとおりの現在の拘束状態を考えると全くの事実無視という他なきものである。

別紙(二)の(3)

一、本件請求は、請求者の「人身の自由」の回復を求めるものであり、入管関係において従前の諸手続において問題としている請求者の「上陸の自由」ではない。勿論、本件請求により、人身の自由を回復した場合には、たとえ条件付の仮上陸であつても、または、法第一〇条の仮釈放の処分による結果であつても、事実上、上陸の自由をも得ることであろうが、後者はあくまでも従前の諸手続(別訴、口頭審理認定処分取消の訴)の結果、終局的に是認されることを条件とするものであり、本件請求においては、その「上陸の自由」の許否を問題としているものではない。

右一、に述べたように、本件審理につき裁判所が迅速性を欠いているのは、あるいは、右の両者を混同するによるのではないかをおそれるものである。

二、本件において、請求人が人身保護法においてまさに対象とする「人身の自由」を制限されていることは疑いもなく明白である。

東京高等裁判所の決定(昭和四五年(行ス)第二一号執行停止申立抗告事件に対する同年一一月二五日付決定)前の段階における状態はしばらく措くとしても、少くとも同決定後においては、本件拘束者らは、請求者に対し、同年一〇月三一日付でした口頭審理認定処分の効力を御裁判所同年(行ウ)第二一四号本案請求事件の判決確定に至るまで停止されたのであるから、右決定があるまで請求者に加えていた人身の自由に対する制限行為を、右決定後将来に亙り引続き継続実施する何らの法的根拠を有せざるに至つたものである。しかるに、拘束者らは、右決定が直ちに請求者の入国を意味するものではないとの理由から、しかも、それだけの理由で、それまでは一応成法上の根拠に基く措置として行つていた請求者の人身の自由に対する制限状態を引続き継続することにより、何ら法律上正当化される根拠がないままに、従つて、不法不当に、制限して現在に及んでいるのであり、のみならず、拘束者らは、この不法不当な人身の自由制限状態を、右本案事件の判決確定まで継続せしめる意図でいること極めて明白である。

人身保護法及び同規則において、「人身の自由」の「拘束」とは、「身体の自由を奪い、または制限する行為をいう」ものとされ、こゝに身体の自由に対する「制限」とは、「行動の自由が全然失われているわけではないが、身体の行動が抑制されていることをいうのであり、例えば、一定区域の出入を禁止し、または、強制的に上陸を禁止されているとき」の如きは身体の自由に対する「制限」に当るとされる。(伊藤修著人身保護法論、特に六六頁以下、及び民事裁判資料第八号二八頁)

本件において、請求者の現におかれている状態が、同人の身体の自由に対する「制限」に当り、同人が人身保護法第一条にいわゆる「人身の自由を現に奪われている」ことは極めて明白である。蓋し、同人が羽田空港内において滞在せしめられている「空港ホテル」は同人が自由に選択したホテルでないことはいうまでもなく、しかも、同ホテルからホテル外へはたとえ一歩でも出ることを拘束者によつて禁止されているのであるから、請求者がその自由なる意思に従い行動し得るという自由に対し、重大な制限を受けていることは疑いを容れる余地のない点である。何人といえどもその欲するところに従い、欲するところに赴くことができない場合において、そのできない理由がその者の意思に基づかないときは、同人の身体的行動の自由が制限されているとするのは常識上当然の結論である。例えてみれば、裁判官が裁判所庁舎内においては自由に室から室へ、行動し得るとも、一歩でも庁舎外に出ることを禁ぜられたとすれば、その裁判官の人身の自由が制限されているといわざるを得ないこと当然であろう。人身保護法は、正にこのような場合にその行動の自由を制限する行為(本件においては拘束者の行為)が法律上の正当な根拠に基くものか否かを問題とし、なんらこれを正当化する根拠がない場合は、とりもなおさず不法なる自由剥奪としてその被害者に人身の自由を先ず回復せしめようとするものである。

三、拘束者らは、一二月二三日付補充意見書において、「入国警備官が請求者を見はり、挙動を逐一監視しているような事実は全くない」と述べているが、白々しい嘘とはこのことをいうものである。拘束者が常に請求者を監視尾行している事実は本件請求書に添付し提出している請求者の陳述書及び数枚の写真だけからしても十二分に疎明されるところである。重ねて問いたい。拘束者らは、このような状態を前記高裁決定後に引続き存続するにまかせるについて、そもそもいかなる成法上の権限根拠を有するのであろうか。

四、裁判所は、人身保護法が憲法上の基本的人権をあくまでも保障するため、特に制定されている特別法である点に特段の注意をはらい、速やかに本件について請求者の釈放を決定すべきである。

別紙(三)

請求の趣旨に対する意見

請求者の請求を棄却する。

本件手続費用は請求者の負担とする。

との裁判を求める。

第一、請求の理由に対する意見

請求の理由に対する認否

一、請求の理由第一について

認める。

二、請求の理由第二について

1 請求の理由第二の一について

(一) 請求の理由第二の一の(一)について

請求者が本邦に上陸の申請をしたが、入国審査官は上陸の条件に適合していないものと認め特別審理官に引き渡し、特別審理官が口頭審理を行なつた結果、請求者が上陸のための条件に適合していないと認定したこと、東京高等裁判所第九民事部の決定により口頭審理認定処分の効力が停止されたこと、同決定は同効力が停止されれば上陸申請の審査手続がまだ終了していないことになるとの判断を示していることは認める。

(二) 請求の理由第二の一の(二)について

東京高等裁判所の決定によつても請求者が上陸許可証印を受けたことにならないこと、および請求者が羽田空港エア・ターミナル・ホテル内に止まつていることは認めるが、その余は争う。

2 請求の理由第二の二について

請求者が昭和四五年一二月五日羽田入国管理事務所に仮放免願書と題する書面を提出したこと、同所主任審査官が請求者に対し仮上陸を許可していないこと、請求者が昭和四五年一〇月三〇日から現在まで羽田空港エア・ターミナル・ホテルに止まつていること、羽田入国管理事務所入国審査官が請求者に対し入国管理当局が拘束している事実はないと述べたこと、および昭和四五年一二月一〇日請求者が診療を受けるためという理由で慶応病院に赴きたい旨の申出をしたことは認めるが、その余は不知ないし争う。

三、請求の理由第三について

1 請求の理由第三の一について

出入国管理令一三条一項の規定のあることは認めるが、その余は争う。

2 請求の理由第三の二について

争う。

3 請求の理由第三の三について

東京高等裁判所が昭和四五年一一月二五日口頭審理認定処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する旨決定したこと、同決定が理由の中で口頭審理認定処分の効力が停止されれば、上陸申請の審理手続がまだ終了していないことになるとの判断を示していること、は認めるがその余は不知ないし争う。

四、請求の理由第四について

争う。

第二、被申請人(拘束者)の主張

一、請求者は人身保護法二条、同規則三条に規定する拘束を受けているものに該当しない。

すなわち、人身保護法にいう拘束とは、「逮捕、抑留、拘禁等身体の自由を奪いまたは制限する行為」をいう(人身保護規則三条)のであるが、請求者は以下述べる経緯により明らかなように現在かかる意味において拘束されていないのであつて、現に拘束されていない以上請求者の本件請求は前提を欠き理由がない。

1 本件退去命令までの経緯

(一) 請求者は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であるが、昭和四五年六月二九日在ニユーヨーク日本国総領事館において、その所持する旅券に四八ケ月間数次有効の観光査証の発給を受け同年七月二日羽田空港に入国、同空港において羽田入国管理事務所入国審査官に入国(上陸)目的を「休暇」と記載して上陸の申請を行ない、同所入国審査官から出入国管理令四条一項四号に該当するものとしての在留資格、在留期間六〇日の上陸許可証印を受けて上陸した。

請求者は、同年八月一九日東京入国管理事務所に出頭し在留期間更新の理由を「大阪万国博覧会の見物および日本の他の地区北海道九州の旅行のため」と記載して、法務大臣に対し在留期間の更新を申請し、同日同場所において在留期間更新の許可を受けたのち同年一〇月二四日鹿児島空港から沖繩に向けて出国した。

(二) 請求者は、同年一〇月三〇日日本航空第九〇六便にて沖繩より羽田空港に到着、同空港において羽田入国管理事務所入国審査官に対し前同様数次観光査証により入国(旅行)目的を「観光(SIGHT SEEING)」と記載して上陸の申請をした。しかし、同所入国審査官は、審査の結果請求者が査証を所持しているものの申請にかかる在留資格が虚偽のものでないと認められないところから、同令七条一項二号に規定する上陸の条件に適合していないものと認め、同日特別審理官に請求者を引き渡した。

(三) 特別審理官は請求者につき口頭審理を行なつたところ、請求者は特別審理官に対し「米国カリフオルニア州に本部を有するパシフイツク・カウンセリング・サービスの活動を支援し、米軍兵士に対し兵役免除につき呼びかけ、米国の戦争継続が困難になることを念願している。この目的のために、プラカードを作り、デモを行ない、米軍兵士らに語りかけ、さらにセンバー・フアイという刊行物を配布した。今回の入国目的は、すでに反戦の心情を抱いている一人でも多くの日本人と話し合い、彼らの在日米軍基地に関する反戦活動を支援したい。これらの日本人の多くはべ平連の人達であるが、その他組織に加わつていない人達もいる。私は岩国市車町一一-五-二五、高木アパートに部屋を借りているが、この部屋は、私の反戦活動のための根拠地であり、友達との交歓の場でもある。」旨供述した。

そこで、特別審理官は、同月三一日請求者が上陸申請書には観光と記載して上陸の申請をしているものの、申請にかかる在留資格が虚偽のものでないことが認められず、かつ、その入国目的が、令四条一項各号の一に該当しないところから、令七条一項二号に規定する上陸のための条件に適合していないものと認定し、その旨を請求者に通知した。

(四) 請求者は、同年一一月三日右認定に異議があるとして法務大臣に対し異議の申出を行なつたが、法務大臣は、同月四日請求者の異議申出は理由がない旨の裁決をし、同日羽田入国管理事務所主任審査官に対し、右裁決結果の通知をしたので、主任審査官は、同日その旨を請求者に知らせるとともに、退去命令書を交付した。

2 行政訴訟の提起およびその後の経過

(一) これに対し、請求者は本邦から退去することなく同月五日東京地方裁判所に羽田入国管理事務所特別審理官を相手方として、口頭審理認定処分取消請求の訴えを提起するとともに、同執行停止の申立をなした。東京地方裁判所民事第二部は、同月七日右執行停止の申立に対して、「本件申立を却下する。申立費用は申請人の負担とする。」との決定をなし、請求者は、右決定に対して同日東京高等裁判所に対して即時抗告の申立をなした。

東京高等裁判所第九民事部は、同月二五日右申立に対して「原決定を取り消す。相手方が抗告人(請求者)に対し昭和四五年一〇月三一日付でした口頭審理認定処分の効力は、東京地方裁判所昭和四五年(行ウ)第二一四号口頭審理認定取消請求事件の本案判決確定に至るまでこれを停止する。申立費用は、原審、抗告審とも相手方の負担とする。」旨の決定を行なつた。なお、特別審理官は、右の決定があつたことに伴い、請求者が必ずしもわが国の法律制度に通じているとはいえない外国人であつて、執行停止の決定即上陸許可処分ではないことを知らず、右決定があつた時点で直ちに上陸行為に移るおそれなしとしなかつたので、念のため、右決定は上陸許可処分があつたことを意味しないこと、したがつて、請求者が、東京都内に入る目的でその滞在しているエアー・ターミナル・ホテルを離れるときには、請求者は、不法上陸の故をもつて身柄を拘束されることもありうる旨を書面で注意を促した。

(二) 前記の東京高等裁判所の決定があつたのち、一二月五日、請求者より仮放免(仮上陸許可の意と思われる)方の願出がなされたが、すでに上陸の手続は完了しており、請求者に対しては、出入国管理令一三条一項の規定により仮上陸を許可することができないものである。

請求者は、前記のとおり、エアー・ターミナル・ホテルに留まる限り、不法上陸の故をもつて退去強制手続を開始されることもなく、現在右ホテル内においては、なんらの制限、拘束も受けず通常の宿泊者と全く同様に自由な生活を享受しているのであり、また、いつでも自由意思により本邦を退去することが可能な状態にある。

また請求者は、同月一〇日診療を受けるためという理由で、慶応義塾大学附属病院に赴きたい旨を羽田入国管理事務所に申し出たことがあるが、請求者は、上陸許可証印を受けておらず、かつ、法律上仮上陸許可も受けることのできない者であるから、羽田入国管理事務所としては、事柄の性質上請求者が右ホテルを離れて前記病院に赴くことについて、なんら請求者に対し許可または不許可を決定する立場になく、主任審査官が請求者に対し前記病院に赴くことを認めなかつたという事実はない。

二、次に請求者は法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている旨主張するが、人身保護法により救済を請求することができるのは、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されているもので(同法二条)その拘束または拘束に関する裁判もしくは処分が権限なしになされまたは法令の定める方式もしくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限られるところ(同規則四条本文)請求者の請求はそのいずれにも該当しない。

すなわち、

1 請求者の現在の法的地位

もともと請求者は、上陸審査手続が完了し昭和四五年一一月四日主任審査官の発した退去命令を受けながら同命令に従わずに本邦にとどまつている状態にあつたが東京高等裁判所の前記決定により本件認定処分の効力が停止されたので請求者が上陸前の航空機の延長と擬制されるエア・ターミナル・ホテルに引き続きとどまる限りは、いまだ本邦に上陸したものとはみなさず、したがつて退去強制手続に移行することができないものと解される。

しかし、請求者は上陸許可の証印は受けていないのであるから、エア・ターミナル・ホテル外の日本国領域に入れば不法上陸者として退去強制手続をとり得ることはもちろんであるといわなければならない。したがつて請求者がエア・ターミナル・ホテル以外の日本国領域に上陸できないのは当然のことであつて、右上陸ができないことをもつて法律に反し自由を制限されているものという余地はない。

2 請求者に対し出入国管理令一三条一項を適用し仮上陸を許可することはできない。

請求者は主任審査官が東京高等裁判所の前記決定後においても仮上陸を許可しないとして、その違法性を主張する。しかし、仮上陸許可は、出入国管理令第三章に規定する上陸の審査手続中、主任審査官において特に上陸審査上外国人に仮上陸をさせる必要があると認める場合に、当該外国人に対して許可されるものであり(令一三条一項)、仮上陸中の行動も審査に必要な行動に限られている(令施行規則一一条一項二号)。ところで、請求者に対する上陸の手続は、一一月四日主任審査官の退去命令が発せられたことによつて完了しているので、上陸手続完了後においては仮上陸を許可することは法律上許されないのである。

したがつて、仮上陸を許可しないことをもつて違法な拘束とする余地は全くない。

別紙(四)

一 請求者は身体の自由の拘束を受けていないこと

(一) 人身保護法による救済の対象は法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者である。

請求者の現在の状態が右の法律上正当な手続によらないで拘束されている者にあたるかいなかは、請求者の現在の状態がいかなる法律関係のもとにおいて生じたものであるか、また現在の状況が法的にみて拘束にあたるものであるかどうかということによつて判断されなければならない。

(二) 請求者の現在のエア・ターミナル・ホテルに滞在している状態がいかなる法律関係のもとにおいて生じたものであるかということについては、被申請人らの意見書第二項の1においてすでに述べたところであるが、その概略を述べれば、請求者の本件上陸申請に対し被申請人特別審理官が口頭審理の結果行なつた上陸のための条件にあたらないとの認定につき裁判所により効力停止がなされたため、右認定以後になされた被申請人主任審査官の退去命令の効力が浮動状態になつたことによるものである。その結果請求者は上陸の許可を受けていないため、本邦に上陸をすることはできないが、将来本案訴訟の判決の結果いかんによつては、本邦に上陸することができるかも知れないという期待を有するという地位にあり、他方被申請人らとしては、請求者がいまだ本邦に上陸したものとはみなされない状態にあるため、請求者が現在の状態にあるかぎりこれを放置せざるをえないのである。

右のように請求者の現在の状態は、裁判所による特別審理官の認定の効力停止から必然的に生じた事態であり、これをもつて法律の正当な手続によらないものであるということはできない。

(三) ところで、請求者の現在のエア・ターミナル・ホテルに滞在している状態は、被申請人らの物理的な強制力によつて拘束されているのではなく、請求者が、同ホテルを出て本邦内に立ち入れば不法上陸になるため、本邦内に立ち入ることができないということの反射によるものである(請求者は「入国警備官が見張りについて、その挙動を逐一監視している」と主張しているが、そのような事実は全くない。)。このことは請求者が上陸許可を受けていない以上、本邦内に立ち入れないのは当然のことであるから、請求者は、回復されるべき自由(本邦内へ立ち入る自由)をもともと有していないのである。

したがつて、本邦内に立ち入る自由を有するにもかかわらず、立ち入ることを阻止されている場合とは本質的に異なるのである。

また、請求者は本邦外へ退去することは完全に自由であるから、請求者の現在の状態をもつて身体の自由を拘束されているというためには、本邦内へ立ち入ることができないことがすなわち拘束であるといわざるをえないことになるが、もしそうであるとすれば、上陸申請者はすべてたとえ短時間ではあれ拘束を受けていることになるが、このような見解が誤つていることはいうまでもないところである。

(四) 以上のように請求者は、法律上正当な手続によらないで身体の自由の拘束を受けているものにあたらないこと明らかであるが、さらに現実の問題としても、かりに請求者に対して人身保護法上の救済が与えられるとすると、請求者に対する拘束を解く方法としては、上陸の自由を認めること以外には考えられないのであるから(なぜならば本邦外への退去は人身保護法上の救済をまつまでもなく、現在既に完全に自由であるからである。)、請求者はもともと有しないところの上陸の自由を新たに獲得することになり、人身保護法上の救済が上陸許可にとつて代る結果となる。

もしこのような事態が起れば、出入国管理行政はその根底からくつがえされることになるであろう。

(五) なお、請求者は出入国管理令一三条の仮上陸許可の制度があることを理由に被申請人主任審査官が請求者に対して仮上陸を許可しないことをもつて、請求者の現在の状態を拘束にあたると主張するもののごとくであるが、同条の仮上陸許可は、上陸の手続中において、特に必要と認める場合に主任審査官が職権で与えるものであり、上陸申請者は仮上陸の許可を求める権利を有するものではない。

また、同条の仮上陸許可は、上陸手続中において、上陸手続のために必要と認める場合に与えられるものであつて、上陸手続のため以外の場合には与えらなれいのである。このことは、出入国管理令施行規則一一条二項二号が仮上陸に付すべき条件として、上陸のための審査に必要な行動以外の行動をとることができない、と規定していることからも明らかである。

そして、実際の仮上陸許可の運用も、たとえば、上陸手続中の者が旅券の有効期間の延長をするために自国領事館に出頭する必要があるとき、査証が誤つて発給されているため日本国外務省に出頭して訂正を受ける必要があるとき、在留資格が、文化活動者(出入国管理令四条一項八号)である場合に、その芸術上、学術上の活動を行なおうとする公私の機関から書面による保証を取り付ける必要があるとき、あるいは宗教活動者(同令四条一項一〇号)である場合に本邦における受入機関から疎明資料をとる必要があるときなど、上陸のための審査手続上特に必要のあるときにかぎつて許可されているのである。

仮上陸の趣旨は右に述べたとおりのものであるから、仮上陸が許可される場合であつても、仮上陸中の住居は上陸手続を行なつている出入国港所在の市町村の区域内で主任審査官が指定する場所になつており(同令施行規則一一条二項一号)、主任審査官の承認を受けなければ指定された住居を離れることはできず(同施行規則一一条二項二号)、また出頭を命ぜられたときは、指定された日時および場所に出頭する業務を課されることになつているのである(同施行規則一一条二項三号)。

このよう仮上陸は、上陸許可の場合のように在留資格に応じた自由な行動を認めるものではなく、一定の拘束を課されることになつているのである。

仮上陸の制度が右のようなものであるとすれば、上陸申請者は権利として仮上陸許可を求めることができないのであるから、仮上陸を与えられないことをもつて請求者が拘束されたことになるものでないこと明白であり、また、仮上陸許可は上陸手続のために特に必要と認められる場合に与えられるものであるから、請求者のようにすでに行政庁のなすべき上陸審査手続が終了しており、入国管理機関としてさらに行なうべき上陸手続が残つていない場合には、上陸手続のための特別の必要を生ずることが論理上ありえないのであるから、仮上陸許可が与えられないことは、法律上当然のことである。

かりに、仮上陸許可が与えられたとしても、仮上陸中の住居、行動には一定の拘束が課されるのであるから、請求者の現在の状態とさしたる相違はないのであつて、このことは仮上陸が上陸許可でないことからいえば当然のことであろう。

以上のように請求者が仮上陸の許可が与えられなかつたことをもつて違法な拘束にあたるとする主張は失当である。

二 かりに、請求者が、本案判決確定前に出国したときは、本案訴訟の対象である口頭審理認定処分なるものの前提となつた請求者の上陸の申請は、当然にその効力を失う、と解される。なぜならば、請求者は、上陸の許可を受けているものではないが、本邦(領海および領空を含む。)に入つているものであることは明らかな事実であるところ、本来、上陸の申請は、本邦に上陸しようとする外国人がその者が上陸しようとする出入国港において、各個別に行なうべきものである(出入国管理令六条、同令施行規則四条)から、一の出入国港においてなされた上陸の申請が、そのまま他の出入国港における上陸の申請に転換されることがないと同様、外国人がひとたび本邦外に去つたときは、それ以前になされた上陸の申請は、その目的を失つて消滅するというべく、当該外国人が、再び同一の出入国港に到来して上陸しようとするときであつても、新たに上陸の申請手続きを要することはいうまでもない。したがつて、請求者が本邦から出国したとき、すなわち、わが国の領域を離れた時に、請求者にかかる上陸の申請は、その効力を失うものと解される。

しかし、このことによつて、請求者が身体の自由を拘束されていると解すべきでないことは当然である。

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